屋上毎日第五回[1996年7月2日]
デジタル・ヒーリング・エッセイ
屋上毎日
第五回 浅草松屋の屋上でウルトラマンに癒される


 いきなり個人的な話になるが、六月は本当に忙しかった。どのくらい忙しかったかというと何をやったか覚えていないくらい忙しかったのである。あまりにいろんな事を考えていたせいか、私は現在記憶ぼんやり病になっている。  
  そんな記憶ぼんやりにところに風邪もやってきた。風邪がやってきて頭の後ろにぶらさがっていて、もうこの1週間天井がまわりっぱなしである。世の中ではめまいともいう症状である。  
  こんな時はどこかへ逃げなければならない。少なくとも精神的に。誰かに会うのもいい。それもとびきり気のおけない奴等に。そんな私は浅草に出かけた。そこの松屋の屋上に私のオアシスがあるような気がした。なんか思考がめちゃくちゃになっているが、風邪のせいなので許してほしい。  
  という訳で風邪だというのにトモス(原付)に乗って浅草に行く。しかも松屋。この浅草松屋というのは行ったことがある人は何となく分かるだろうが、ともかく変なデパートである。まず地下には銀座線の浅草駅がある。そして、これがすごく重要なのだが、このデパートの2階は東武日光線の浅草駅なのだ。渋谷の東急東横店も同じように駅をくわえているんだが、なにせ浅草松屋は「日光」につながっているのだ。この一言で圧倒的に松屋のほうに味わいがでてきてしまうではないか。日光って徳川家のお墓なんだぞ。あまり関係ないか。  
  2階に駅があるせいか、松屋の1階というのはとにかく天井が低い感じがする。柱とか梁とかが異様に太い。梁の中にうずくまるように「イッセイミヤケプリーツ」が展示されていた。なんだか一着1980円の服みたいでいい感じがした。そう、浅草はあらゆる見栄とか常識とかが一度こわされてしまう街なのだ。
  松屋にも屋上がある。実はここは私がとびきりお気に入りの空間である。


「ビヤガーデン開催中!」と垂れ幕がさがっていたので「なんかいやだな」と思っていたら、ビヤガーデンがひなびすぎていて、かえっていい味になってしまっていた。ビヤガーデンに昼食メニューというのまであるのだ。


 わたしはほうじ茶を飲みたくなったが、そこまでやるとおもわず空をむいて涙を流してしまいそうなのでやめた。ここらへんまた思考が乱れているが風邪なので許してほしい。  しかしここにいるとまったく心が癒されるのだ。時間が止まっているとはこういうことを言うのだろう。近所のサラリーマンや何をしているんだかわからないおじさんが、思い思いに寝ている。変な音楽もない。有名な「ウンコビル」(ではないサッポロビールの建物だね)を前に寝ているおじさんもいる。


 ゲームコーナーで静かにテレビゲームをやっている少年たちもいる。


 ここでは自然な自分に戻れる感じがするのだ。それは何故なんだろう。    
 私は屋上をとぼとぼ歩きながらその訳を考えていた。ふと目をあげると陽気な表情のロボットの乗り物がいた。


 その先にはおまわりさんもいる。


 おまけに「ももたろうのおにたいじ」もいる。


 彼等は僕の心を癒していってくれる感じがするのだ。そういえばこの屋上には最近にはめずらしいほどキャラ乗り物がたくさーんあるのだ。  
 考えてみたら昔僕が子供だったころ、屋上で待っているのはこういう陽気な顔をしたキャラクターたちだった。この松屋は昔の屋上のまんまだ。しかし最近の屋上はやれガーデンなんとかとかやれ熱帯魚なんとかとか、商売っけが見え見えのものばかりだ。でも人はそういう戦略とか計算とかそんなものが見えている場所には行きたくなくなるものだ。ただの場所。ゆっくり休める場所。楽しい気分になる場所。それには無意味にたくさんあるキャラクターたちも重要な役割を果たしているのだ。誰も乗り物にのっていないが、そんなことはどうだっていい。   それと同じように、人間も生きてるだけで意味があるんだよなあ、と渋いことを僕は考えはじめていた。そんなことに気が付いてちょっと風邪がよくなったような気がする。ちっと人生に対する意欲がもどってきたようだ。そこにいたウルトラマンも


「頑張れ!シュワッチ!」と言っている(嘘だけど)。そんなわけで私は銀座松屋の屋上で、ウルトラマンに心を癒されて、下のレストランでねぎとろ定食食べて帰途についたのだった。

Copyright 1999 Koide, Hirokazu
コイデヒロカズ