屋上毎日第一回[1996年2月20日]
デジタル・ヒーリング・エッセイ
屋上毎日
空・自由・魂
第一回 パルコの屋上

  正直先生は昨年の11月からお茶の水に仕事場を移した。それ以来、仕事場にいくのが楽しい。だって僕の仕事場は屋上にあるのだ。しかもプレハブ。屋上って本当に楽しいなあ、と思って「いやー屋上なんですよ」と人に話すと、みんな一様に「え、ホント? いいなあ。で『傷だらけの天使』みたいにトマトかぶりついてんの?」とかいう。実際にはトマトにかぶりついていないでほうじ茶飲んでいたりするのだが、とにかく「屋上」という言葉を聞くだけで、みんなあこがれの眼差しで僕を見るのだ。
  いったいどうして「屋上」はそんなに魅力的なのだろう? そんなことを考えて書物を開くと、歴史上にも「屋上」っぽいものがあるのでびっくりした。「バベルの塔」って、屋上をいっぱい作ったようなものだ。それに中国の空中庭園。この二つは空想上の産物だけど、エッフェル塔や浅草の六角ビル、そして東京タワーだって大きな屋上みたいなものだ。ま、最近だと都会のビルの屋上は「遊園地」や「ビヤガーデン」になってたりするわけだが、それでもなんかいい感じがする。RCの「トランジスタ・ラジオ」だって屋上が舞台だ。
  屋上へ登ると僕は何を感じるのか。一言でいうとそれは「自由」だな。誰にも邪魔されない、自分だけの空間がそこにあるような気がする。みんなが憧れているのに、取り残されている空間、屋上。考えてみたら、この東京にはそういう不可思議な屋上がたくさんあるのだ。国会議事堂の屋上とか(ないかな)、最高裁判所の屋上とかそういう国家に守られている屋上。木がいっぱい植わってる屋上とか、神社を立ててる屋上とか、ジャグジー作っちゃってる屋上とか、とにかく人が勝手なものに変えちゃってる屋上。なんでだかわからないが、僕はいろんな「屋上」に登りたくなったのだ。  そういう訳で、僕はまず編集部の松本くんに頼んで「パルコの屋上」に行ってみた。まずは一番身近なところから行かなくちゃね。渋谷パルコのパート1、3、クアトロの屋上に登ってみた。  
  まずはパート3の屋上だ。パート3の屋上ってどこにあるかというと、スペースパート3の上にある。映画なんかをやっているあそこの上に屋上があるのだ。パート3の奥を通って階段を登ると、うーんありました、屋上(写真1)。
  ここは中央部が一見浅いプールのようになっていて、周囲はペンキがはがれかけた鉄のデッキになっている(写真2)。
  僕は最近インラインスケートをやり始めたので「この中央部でインライン・ホッケーがやれる」などどのたまって松本くんを困らせたりしていた。しかし人がたくさん歩いていて、うるさくて窮屈な下の通りに比べたら、本当にひっそりしていて落ち着く空間だった。そのまんま寝ていたい気がした。
  つぎはパート1の屋上だ。これも想像しにくいかもしれないが、パルコ劇場の上にある。そこはこんな風だった(写真3)。
  なんと劇場の上の屋上には鉄の舞台が出来ていて(写真3手前側)、
おまけに歌舞伎の花道のようなものまで出来ている。劇場の上はなんと屋上劇場なのだ。しかし、その屋上劇場で我々はミステリアスなものに出会った。労働者風ジャケットだ(写真4)。
誰がこんなところにジャケットを打ち捨てたのか。最初そのジャケットの上の柵にカラスがとまっていた。怖かった。
  しかしこのパート1から公演通りを見おろすと非常に爽快な気分になる。「やーい!」という感じである。しかしそうした気分をどこか諭すように「全てのものは平等であります」という声がきこえるような気がした。右側をみたら山手教会があった。なんと、その屋上には十字が切ってあったのだ(写真4)。
  こんなことは屋上に登らなくちゃわからない。私はいけなかったと思い、山手教会のほうに「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えてその場をさった。すこし謝る方法を間違ったかもしれない。  残るはクアトロだ。非常階段からクアトロの脇をのぼり、さあ、屋上だ!と思ったら、屋上への扉は閉ざされていた。クアトロの屋上は松本くんによると三角屋根の麓にすっごく小さなスペースがあるだけ、というもので一番面白いと聞いていたのに。しかたなく下へ降りた。エレベータを降りたら、王様に会った。なんだかおかしかった。
  こんな風にして屋上の探訪第一回は終わった。渋谷という街のうるささのせいもあるのかもしれないけど、パルコの屋上は本当に静かで、ほっとする空間だった。僕はこんなことを考えた。昼休みにはここを昼寝の場所として解放して、みんな静かに陽を浴びてぼおっとできるようにすればいい。でも一言も言葉をしゃべってはいけない。しゃべったら退場。知らない人たちが、少し心を痛めた人たちが、みんなならんで空を見上げている。とっても素敵だなあ、と思う。
  心のオアシスってきっと、こういう場所のことを言うのだ。僕はもしかしたら屋上って魂の集う場所なんではないか? という気がしてきた。そこで、また僕は次の屋上探検をしはじめたのだ。
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Copyright 1999 Koide, Hirokazu
コイデヒロカズ