共同幻聴〜ダークサイド・オブ・サウンドエクスプローラ
第一夜●石は夜泣く。

 そろそろ夏も終わりだが、皆さんの家のエアコンはまだまだご活躍のことと思う。
 夏のエアコンというのは冷房機だったり除湿機だったりするが、一方で防音機でもあって、ズケズケと家に上がり込んでくる都市の無粋な騒音どもを日夜シャットアウトしてくれている。といってももちろん、エアコン自体に防音機能があるわけではない。エアコンを使う時は普通、窓を閉め切る。だから結果として防音したことになるだけの話。
 だが、もしエアコンがなければ、蒸し暑い夏に窓を閉め切るバカはいない。逆に、風を呼ぶため、積極的に窓を開け放つ。だから風と一緒に都市の騒音がバンバン入ってくる。天然騒音(セミの鳴き声)もスゴイ。都市では夜でもにぎやかにセミが鳴くし、ヒトも夏の夜はいろいろご盛んだ。エアコンがなければ、夏は昼も夜も実にうるさいのだ。
 というわけでエアコンは、風だけ呼びたい夏に、ついでに騒音まで呼んでしまうという問題を解決する装置だ。自然の風の代わりに人工の風を部屋に送り込むことで、お呼びでない騒音をシャットアウトする。そう考えると、夏のエアコンとは、何よりもまず防音機なのだ。
 夜にアブラゼミのジワジワした鳴き声を聞きたいとはあまり思わない。エアコンはそんな「あまり聞きたくない音」を聞こえにくくしてくれる。これはありがたい。
 乱暴なクラクションのような「かなり聞きたくない音」もエアコンは聞こえにくくしてくれる。これもありがたい。
 だがエアコンは、「ものすごく聞きたくない音」も聞こえにくくしてしまう。これは時として、ありがたくない。
 「ものすごく聞きたくない音」とは何かというと、例えば石の泣き声だ。
 「夜泣き石」と呼ばれる石は全国各地にある。夜になると日本のあちこちで、石が泣き出すのだ。
 私はエアコンがつくり出す気候が好きではないので、あまりエアコンを使わない。だから夏の夜は窓を大きく開けている。そうすると、場所が緑豊かな公園の隣ということもあって、なんだかよくわからない奇怪な音が聞こえてくることは珍しくない。
 きちんと音源を探し当てたら、きっと「なーんだ」とがっかりするのだろうが、何せ夜だ。きちんと音源を探し当てるなんてことは、簡単にはできない。だから「よくわからない音」の正体ははっきりしないままで、はっきりしないということはなんでもありの状態なわけで、正体は夜泣き石でないとは言えないわけだ。可能性というのはすばらしい。
 夜泣くのは石だけではない。松も泣くし、他にもいろいろ泣くらしい。そばも夜鳴く。でもまあおそらく、石や松は現実には泣いたりはしない(泣かぬなら鳴かせてみようという秀吉タイプのかたはhttp://www.bekkoame.ne.jp/ha/sar000/へいらっしゃいまし。非良心的な値段で石笛をお譲りします)。ではなぜ夜泣き石の伝説が生まれたのか。
 「夜泣き」といえば、赤ん坊や幼児の泣き声。夜泣き石の泣き声はそれに似ているという。そして、夜中に外から聞こえてくる気味の悪い声といえば、まるで赤ん坊の泣き声のような猫の鳴き声。あの声は本当に猫の口から出ているとは思えない声だから、夜泣き石伝説を生む材料のひとつになったに違いない。
 夜、赤ん坊の泣き声のような猫の声のような、だがそのどちらでもないような変な声が聞こえてくる。音源を探してみると、暗闇の中で大きな石が目立っている。実はその石の陰に猫がいて、そいつが鳴いているのだが、徳兵衛には猫は見えず、月に照らされた石だけがよく見えるから、まるで石が泣いているように思えてくる。そんなことがたまたま続けて2回あったりすると「よっしゃー! まちげーねー! この石が泣いてるだー!」ってなことになったりしたかもしれない。徳兵衛がその石の前で猫の声を聴いたのは結局2回だけだったが、「おりゃ何度も聴いただ」と村人たちに話す徳兵衛であった。
 そういうわけだ。君も明日の徳兵衛を目指して、エアコンを止めて窓を開けよう。



戻る



頭 頭頁に戻る


社紋
空
Copyright 1998-2000 Sarusuberi, Inc.
有限会社さるすべり( 中野 純 + 大井夏代 )